2日間東京へ行ってきました。
画像は宿泊した六本木のホテルから撮った都心の夜景です。
当然、富良野より明るい?けど、いつもよりすごく光の数が少ない。
3.11のあれ以来大変な事になっている。
ものが無いとか、ガソリンが無いとかいろんな事を言われている関東。
フラノデリスも、関東近辺への発送が再開されたのもついこの前の事。
なんとなく先が見えないそんな気がする。
でも、北海道にいると、普通の生活にはそんなには影響が無いのか、あまり感じない。
それもあって東京の友人に会う為に2日間出かけてきた。
まづ、空港を降りて驚いた。
いつもと風景が違う。
節電のため、空港の照明がまばらにしかついていない。
なんとなく海外の空港でよくあるような暗さ。
でも見えない訳じゃない。
瞬間、思ったのが、今まで必要がなかった照明がついていただけなのかも。
そう感じた、これはこれで不便は無いのかも。
コンビニに入った、確かに物があまり無い。
だから買わずに出てきた、後から、何を買おうとしたんだかも覚えていない。
きっと必要ない物を買おうとしていただけなのかも。
JRを使って移動した、電車の中の照明も、駅のエスカレーターも止まっていた。
日中なので電車の中は別段照明はいらないのも確かだし、駅の階段は歩けばいい。
そんな中、歩きながらいろんな物を見ると、至る所に必要なのかとも思うような照明がたくさん。
それに、今回、すごく感じた。
建物とか、乗り物の照明が暗くなっている分、外の自然光を感じれた。
今は昼なんだ、明るい。
わざわざ明るい日中に外光を関係なくするような室内の光はいらないんではないか
せっかく室内の人工の照明なんかよりもっと大きな太陽の光があるではないか。
そう感じた。
その後、よく私たちが泊まるホテルへチェックインした。
その時に知り合いのホテルの人と話をした。
空港とか町が節電のためくらい感じですよねと。
その時、ホテルの人がこう答えた、あ、そうですかね。
私たちはもうけっこう、この暗さにも慣れてきてと。
すごい、力強い。
全てを受け入れれば何でも出来るんではないかそう感じた。
きっと、今から本当の意味で必要でない物以外は必要では無い、そういう原点に戻るのかも。そして奇麗な未来に向かうのかも。
確かに、人工の照明や派手さ、賑やかさで煽らないと無駄な消費行動は起きないのかも、でも必要でない消費が起こらないだけで、必要であるものへの消費は起こる。
だからきっと、本来買われるべき物が買われて、食べられるべき物が食べられて、そうでない物がそうでないだけ。
私はよく思う、一番のエコなのは物を残さない事。
自宅での食事もそうであるし、もちろん外食してもそうである。
作りすぎない、注文しすぎない。
フラノデリスでも、スタッフみんなでの食事会や飲み会でこういうルールがある。
何を注文してもいい、絶対の残すな。
だから、私たちの飲み会では最後に食べ物が残らない。
フラノデリスでも私自身も、もう一度いろんな物を考え直して、シンプルに変えて行こうと考えている。自分たちで出来る物は出来るだけ自分たちでやろう。
もう一度スタッフ全員が全体を考えて、そして個々のやるべき事を考えて未来に進む。
全員が同じ方向を向く必要がある、そして、全員がそれぞれやるべき使命を果たす必要がある。
おまけのような人は誰もいないはず。





