オリジナルマグカップ

フラノデリスのオリジナルマグカップを作りました。

昨年、テラス部分を大きく変えて、夏のお客様にすごくたくさんきて頂けて、その中でもカフェの利用がたくさんありました。

情けない事に、コーヒーカップが全然足らず、結局は持ち帰り用の紙カップで対応しましたが、やはり、美味しく飲んで頂くんであれば陶器だろうと、それに、紙だとそのゴミもたくさん出るし。

そう思い、じゃぁコーヒーカップを沢山買うかって事になったんだけど…。

いくつ必要なの?って

ん….割れたりもするし…。

そこで考えたのが、じゃぁ、その陶器が売るくらいあればいいんでは。

それで考えたのがオリジナル。

一回目で500個作りました。

それと同時に考えたのが、ショコラショー

マドラーの先に付いているハートのショコラ、それを温めた牛乳に入れて溶かす。

だんだん溶けて…

こんな感じにチョコレートの温かいドリンクの出来上がり。

寒い冬にはとてもいいのでは、とても暖まります。

今年は、富良野はそんなに雪が多く無いのですが、札幌の方がとても多いようですね、あと全国的にも多い。なんだか不思議な年です。

何となく、地球がだんだんと壊れてきているのかなぁ〜。

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「光」

上の画像がそうなんですが、スパイラルバイタライトを買った。
その照明に部屋の照明をほとんど変えてみた。

どういう事かと言うと。

最終的には、カフェの照明とかすべての照明をこれに変えようかと思って試しているんですけど。

どう言う意味があるのかと言うと、最も自然光に近い光を放つ照明らしいんですよ。

つまり太陽光とかなり近いって言うこの光。

それでも人工の光なのでどこまでどうなのか分からないのですが。

そう言う物に凄く興味があるので買ってみた。

その光でしばらく生活してみようと思う。

人工的である事にかわりはないんだろうけど、光の中の成分が太陽光とかなり近くなっているのであれば

現状の照明の中では一番いいのではないか、そう考えた。

きっと人間にも動物にもいいと思う、それに太陽光に近いので殺菌効果も高いと思う。

私が思うには、なんとなくリラックスできるのに光は重要なんじゃないかと

植物なんかも、もちろん栄養も必要だけど、光は絶対必要。

そもそも宇宙や地球での生命の誕生も原点はそこにある。

私の夢は数年後に、本当に自然光だけのカフェをやりたいんです。

自然光と、冬はもちろん生火で暖をとって、日が暮れたらお店を閉める。

そんな自然と共にあるカフェをやりたい。

きっとゆっくり出来ると思う。

そこは、BGMも流れていないかも、でも耳を澄ましても変な機械音もない。

すごい贅沢ですよね、でもそうすると、場所が難しい。

しかもあまりお客さんが来ないかも、でもいい、自己満足でもいい。

近くだと、奈江になる富良野風景画館がそれに近いかも。

人間には何が必要なんだろう、考えてしまう。

例えば、香辛料も、化粧も、上から何かをごまかすように重ねたものなんだろう。

ふとすると、元々これはどう言うものだったのか分からなくなる。

本当に美味しい物はごまかさなくても、それ自体が本当に美味しいし美しい。

フラノデリスのデコレーションケーキのホイップクリームなどバニラエッセンスなど入っていない。

またフラノデリスでは洋酒もあまり使わない、香料もあまり使わない。

でも、いい素材は使う。

何かの新しい物を塗り重ねて作るよりは、何となく気づかなくなってしまった

本来あるもの、あったものを考えたい。

ふと気づくと、いつ日が昇っていつ日が沈んだのか気づかないような、それが現状。

そうではなくて、日が昇る事を感じ一日が始まり、日が沈む事を感じ一日が 終わる。

今年の私のテーマは「光」である。

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iPhone

これは私のiPhoneである。

少し前、中国へ行くとiPhoneの偽物が沢山あるよって

まるでiPhoneのものとか、かなり真似しているものとか…。

実際、私も上海へ行った時見た。

あった。iPhoneも、iPadもあった、しかもiPadつて書いてある。

すごい、不思議。

ある意味面白い。

でも最近は日本でもまるでiPhone風の類似商品がいっぱいある。

しかも、iPhoneよりこっちの方が性能いいですよって。

それを聞くたび何となく悲しい。

そもそも、コンピュータがDOSだった頃に、みんななにやら画面にコマンドを打って動かしていた。

そこにAppleがもっと使いやすいコンピュータはないんだろうかって始まった。

画面にアイコンの配置された、直感で動かせるコンピュータの始まりである。

その後、DOSはウインドウズと言う名前のMac風になった。

いまじゃそれが当たり前だけど。

iPhoneの前はiPodがあってみんなそれで音楽を楽しんでいたでも今はかなりの人がiPodからiPhoneに移った。

iPodの前は、カセットとかCD、MDなどでウオークマンが凄かったのかな、カセットで最初出た時私も持っていた、すごい画期的だったし、その頃のソニーは私のイメージでは今のAppleとのようで今でも大好きなメーカーである。

でも時代がレコードからCDになったように、今のデータの形となり、あっと言う間にウオークマンからiPodになった。

でもある時ニュースで、ウオークマンがiPodを抜いたと報道があった。

私は思った、確かに、iPodは買わなくなった、なぜならそのiPodのユーザーの大勢はiPhoneに移ったんだろうなって

そうすると、iPodは買わない。

ウオークマンは、時代を作った英雄だと思ってるのに、こういう報道は何となく悲しかった。

私は思う、いつもフラノデリスとアップルコンピュータを重ねる。

大きさから何から全然違うけど…。

何を重ねるかって。

それは、いつもオリジナルで、新しい何処にもないような、もしくは考えつかなかったようなそんなものをいつも出してくる。すごいと思う。

まさに、何もない所から何かを生み出す力がそこにある。

しかも、Appleは全て自社製品ソフトからハードまで。

そう、私もそうありたいと考える、何か売れているものを真似するんではなく、いつも自分の内にある物、こんなお菓子が美味しいのでは無いかとか、何もない所から生み出したい。

そして、お店には仕入れ商品は一切置きたく無い、全て自分たちで作った物を自分たちの手で売りたい。

自分の内なる考え方で。

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父の葬儀

今月の10日に私の父親が亡くなりました。

82歳でした。

私は、9日の夕方に容態が急変してと連絡を受け、旭川から羽田の最終便がまだあったのでそれに乗り込んだのですが

羽田空港で携帯電話の電源を入れると弟からの着信があった、あ、もしかしてと思った、まさかとも思った。

でも、やはりそうだった、先ほど息を引き取ったと…。

私は、その場に立ち会う事が出来なかったのだけど、その時の話を聞くと。

それはまるで、生まれてくる事の反対のように静かに息を引き取ったんだろうと想像できる。

きっと、また新しい命としてどこかで生を受けるんだろうとも想像できる。

悲しいけど…悲しくない。

父は、生前、全力で生きたんだろうと、そしてその生涯に幕を閉じたんだろうと。

私が、家を出たのは、高校を卒業して間もなくなのでかれこれ30年近く経つ、小さい頃私はいつも父の背中ばかりみていた

小学校の頃から、夏休みなど、ラジオ体操も行かないでいつも朝、4時頃から一緒に市場へ買い出しについていった。

そして仕出し屋だった私の実家でいつも私は手伝っていた、中学校の頃から魚の腹をだして串に刺したりしてたような記憶がある。

いろんな事を思い出す。

でも私が大きくなって、なぜだか、親の後を継ぎたくない、そう考えた。

継ぎたくないのではなく、自分で何かをやりたい、そう考えていた。

私の父もそう言う感じだったんだと思う、いつも自分で考えて、そして、何も無かった私の故郷の今は揖斐川町だけど、私がいた頃は春日村と呼ばれていた。そこで雑貨店から始まり、仕出し屋をやり始めたんだろう。

親の後を継いだ訳じゃないんだろうと。

それにいつも新しい事をしていたし、いつも何かを考えていた父。

いろんな人の面倒も見合ていた、市場へ行くと、なんだか知らないけど、たぶん知り合いの仲買の所なんだろうけど

勝手にいろんなものを持ってこられて買わされていたんだろうなあれはと言う光景もあった。

ある意味ではそんな人の面倒も見ていたんだろうと。

いろんなものを一気に抱えて引きずっていた父、でもいつも頑張っていた。

実家のある春日村にある藤田商店、それが私の実家である。

そこからもう少し奥にある民家に売りにいくときなど、いつも「都はるみ」の曲をワゴン車の上に付けた拡声器で大きくかけて移動販売をしていた、たぶんあの頃、あれは画期的で、大変みんな重宝していたんだろうと想像できる。

懐かしい。

今は、弟が、「氷川きよし」をかけてやっているらしい。

いつも、うちわを作って村中に配っていた、そこには達磨の絵が書いてあって、「七転八起」といつも書いてあった。

七回転んでも八回目で起きるんだと、何回失敗しても成功するまでやるんだって事。

ある意味では、そういう「ポジティブな所」「何も無い所から何かを作り出すと言う事」を私は父から受け継いだ。

数年前からは、痴呆がひどくなり、施設に入り、たまに行く私の事は殆どわからなかった。

でもその時の顔が印象的だった、にこっと笑い、いろんなややこしかった事は忘れて、ほんといい笑顔だった。

ほんとまるで、子供の頃に戻ったような素敵な笑顔だった、とても幸せそうだった。

その笑顔を見ていると、私の事は分からないけど、私はなんとなくうれしかった。

11日の通夜は実家で行われた、その日の午後、おくりびとの人が来られ、父の体を奇麗に洗ってくれて、白装束をまといまるで生きているかのようにして棺桶へと納めてくれた。

体中やせ細って、自分の体のエネルギーを使い果たして最後に息を引き取っていったんだなと思う。

私はあなたの息子である事を誇りに思います。

感謝しています、ありがとうございます。

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年賀状

いゃぁ〜、去年の中頃からなんだか忙しくて、ついブログをさぼってしまっていました。

このままだと、今年一年書かないかも?って気になったので、

やっとしかも今さら年賀状です。

今年の年賀状、しかも今年の年始に書きました、しかも4日と5日の2日間に分けて。

なんとまぁ、ってもっと早く書けば良かったのですが…。

でも、年賀状なんで年始に書いてもまぁいいか、それがとうぜんだぁ〜なんて。

実は、12月にもちろん、クリスマスもあったんだけど、まず、1月からの北海道物産展の試作と撮影があり、テレビ東京の企画でグルメ魂って番組で、池袋東武百貨店のカリスマバイヤー内田さんと私が組んだ形での通販のバトルのような番組の収録がありと続いていました。http://www.toranomon-ichiba.com/broadcast/gurutama_101225.html

そして、クリスマスの当日、25日にその番組の放映があり、約1時間半で500セットが殆ど売り切れたようです。

良かった。

そしてクリスマスが終わった数日後の28日にその発送があって。みんなでわさわさと発送作業、いゃぁ大変だった、ここまで休んでなかった人もいて、ほんと頑張ったねって感じでした。

そして、いよいよ元旦突入、

もちろん、大晦日、元旦と休みではなく、私と妻は、和服でお店に。そして私はと言うと。大晦日にがんばって作った、男山の酒粕で作った甘酒と小豆から炊いたお汁粉に当然、白玉粉から私が作った白玉を入れてみんなに提供しましたよ。

なんだか楽しかったです。

そんな事で本年もよろしくお願いいたします。

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